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うなぎ雑学






養鰻の始まりは明治12年服部倉次郎が東京深川で
試験的な養鰻を始めたときからになります

そして明治30年に今の浜松市の舞阪町に移りました
「うなぎと言えば浜名湖」という『第一想起』になっていく始まりです

そんな倉次郎の逸話として紹介されていたものがあったのですが
原文の書物が見つかりませんので見つかりしだい紹介致します

うろ覚えですが
「倉次郎が舞阪町を移転先に選んだのは、東海道線に乗って愛知に行く途中
駅弁を食べたあとの空かお茶の瓶を汽車の窓から投げ捨てたときに
音がしなかったので気になって窓の外をのぞいたら
養鰻にもってこいの湿地であった・・・だったと思います

逸話というものは後から作られ歪曲された話が多いので 私はこの話も
まったく信用をしておりませんでした だいたい名士が汽車の窓から
ゴミを投げ捨てるなど逸話になるのか? などと思っていました

駅弁の注意書きを読んでいるうちに 汽車の窓から空の駅弁を
投げ捨てる人が 長い期間 存在していたんだと 気づかされました


注意書きや印は 年代よって 車輛自体の構造や販売方法、事件や社会情勢
最近では厳しい食品表示法やリサイクル法でお弁当の裏側まで
印字やラベルが貼られほどに変わっております

現在の表示関係は書くと長くなりますので やめておきますが
注文を受けてから 調理や包装する商品などは表示義務はなく たとえば
パン屋さん 豆腐屋さん 露店 キッチンカーでの買い物を思い浮かべてください

駅弁も ホームの売り子 構内売店 食堂車 ブッフェ 車内販売 など
様々なかたちで売られておりましたので 知っておくことで
これから紹介する弁当の掛け紙がわかりやすくなります


わかる範囲で古いものから紹介をしているつもりですが確実ではありません
「3浜松駅」自笑亭さんの駅弁以降は詳細を書きませんので
ご自身で考えて楽しんでください

一枚の掛け紙から当時を推理するのも楽しいものです


                                        2026年1月記

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