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うなぎ雑学









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豊橋

※弁当の掛け紙というより駅弁につけたチラシだったと思います



壱屋さんの創業が明治22年 弁当の値段を考えると大正〜昭和初期
この期間で7月27日が丑の日の年は
大正5年 大正12年 昭和7年 昭和14年
デザインも考えるとおそらく 昭和7年 次に 大正12年が有力だと思います

鰻弁当40銭で、丑の日のうなぎ丼20銭ということは
うな丼は蒲焼が鰻弁当の半分という事だったのでしょうか? 
昔の壱屋さんに電話をして聞いてみたいですね

駅弁の始まりは所説あるようですが明治10年ごろに始まっています
各路線の開業に合わせて盛んになり軍隊に出す軍弁としても扱われ
終戦後は庶民でも長距離移動が可能になった事で
観光旅行ブーム 出稼ぎや集団就職者 地方の大学生の
お盆と正月の帰省の交通手段として
国鉄が民営化される頃までは全国各地で盛んに売られていました

蛇足にはなりますが、ホームや駅構内で食べる「生そば」と書かれた
暖簾を出している「駅そば」も多くの駅にあって
食欲をそそる美味しい匂いを思い出します

この豊橋のデザインでは 現在ではあまり見かけない光景となった
大勢の人が電車に乗って海水浴に出かける様子が目に浮かびます
今では無人駅となってしまった 近くの東海道線弁天島駅などは
当時の人だかり想像できるほどホームの幅が異常に広いです


駅弁は時間の掛かる長距離列車で食べるので
現在はあまり知られていない駅でも
臨時列車の止まる駅、特に各路線の交差する中継駅の駅弁の掛け紙は
駅弁を食べた記念として 数多く残されています

そんな事も考えながら、あとの駅弁の掛け紙を
見て頂けるとうれしいです